「ようおはようさん」

「ああ、おはよう」

隣り合った家から出て来た二人の青年が朝の挨拶を交わし合う。

どこからどう見てもどこでも見る事の出来る、朝の何気ない風景だ。

しかし、ここは日本でもなければ地球上のどこの町でもない。

ここは・・・

「どうだ?神界での初めての夜は?」

「・・・さして変わらないんだな。本気でまだ生きているんじゃないかと錯覚するよ」

「お前もか、俺もだよ」

神界・・・人から神に認められ『代理人』に到達しその死後、神霊として辿り着く場所。

そして彼らの名は七夜志貴、衛宮士郎。

つい先日、彼らは人としては短い生涯を終えて、前者は『死神の代理人』から死神へ、後者は『剣の代理人』から剣神へと昇華し、この神界に迎え入れられた。

「しかし、まさか皆が来るとはな・・・」

「ああ、それも俺達を追って・・・申し訳ないよな・・・嬉しいのもまた本音だけど」

「・・・そうだな」

言葉少なげに話題にするのは昨夜の出来事についてだ。

この地で神霊となった彼らは再会を果たしそれを祝してのささやかな宴を行っていたのだが、そこに予想すらしていなかった出来事が起こる。

生前深い縁で結ばれた女性達が自分らを追ってここまでやって来たのだ。

声で誰が来たのか把握して料理の追加をしようとした矢先、文字通り雪崩れ込んで来た一同と遭遇したのだが、そこからが双方共に大変だった。

志貴には生前妻となった『九夫人』が総動員でその胸に飛び込む。

当然だが九人全員を受け止められる訳もなくバランスを崩した志貴は押し潰される様に倒される。

全員歓喜の涙をこぼし、口々にただ一人心身全てを捧げ愛した夫の名を口にして。

一方士郎はと言えば、こちらは志貴とは逆の意味で壮絶なものがあった。

凛が近寄るや一発士郎を殴り飛ばした後、全員が一回ずつその頬を張り、その後感情を爆発させたように士郎に縋り付き泣きじゃくる。

それを士郎は黙って全てを受け止めて。

その後全員落ち着いた所で士郎、志貴は追加の料理を神速で用意、改めて全員揃って簡単であるが再会の宴(本格的なのは後日と言う事になった)を開き、それが終わりそれぞれの家で夜を明かした。

当然だが、双方ともやる事をやって。

その時 『七星館』は志貴が『空間閉鎖』を、衛宮邸に至っては士郎が『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を用いて防音処理を施した。

覗かれるとか、聞き耳を立てられると言うよりは、お互い隣はもう寝ているだろうと推察し安眠妨害にならないようにと言う配慮だったがそれはものの見事に外れた。

ちなみに双方共に女性陣に関しては・・・当然とも、書くまでもない言う結果で今は指一本すらピクリとも動かす事の出来ない身体を清められ寝室で横になっている。

「お互いにやりまくった所か?」

「否定できない」

神霊となっても性欲は健在である事に苦笑する。

「これだと明日かな。改めての宴会は」

「だろうな」

そう言って二人共いったん別れた。

そして翌日夜、『七星館』宴会場では士郎、凛、桜、琥珀、さつき、アルクェイド、アルトルージュが腕を奮って用意した和洋中文字通り多国籍状態の料理が所狭しと鎮座している。

当然だが、日本酒に始まり、アルコールも多国籍、誰が用意したのか地球上で最もアルコール度数の高いスピリタスまで揃っていた。

無論飲めない人、アルコールが弱い人の為にソフトドリンクもフルーツジュースから炭酸飲料、紅茶にコーヒー、ミネラルウォーターと用意に抜かりはない。

「おおおおおお・・・」

それを見た瞬間アルトリアの眼にそこは楽園として映ったのだろう。

瞳を輝かせ、その口からは涎が垂れそうになる。

「アルトリア、あんた涎、涎」

「??・・・っ!な、なんの事でしょうか?」

「誤魔化さなくても良いですよアルトリアさん、皆見ていますから」

凛の指摘に慌てて涎をぬぐい、いつもの凛とした姿を見せようとしたが桜の苦笑交じりのフォローを受けて真っ赤になって顔を俯かせる。

「まあ、そんな落ち込まなくても、アルトリアもいつも通りで安心したし」

士郎のフォローと言うか止めを受けてがっくりと肩を落とす。

そんな朗らかな空気の中思い思いに席に着いた所で志貴、士郎の二人が立ち上がる。

「えっと、どんちゃん騒ぎ始める前に一言だけいいかな?」

「俺達の為にここまで来てくれて」

「「ありがとう」」

そう言って深々と頭を下げる。

「じゃあ堅苦しいのはここまでで、皆」

「乾杯」

音頭に合わせて

『かんぱーい!!』

一斉に唱和された。

乾杯の音頭が終わればそこからは無礼講。

ある者は久しぶりの美食を心行くまで楽しみ、ある者は次々と酒をたしなみ、ある者は自分よりも大切な人を甲斐甲斐しく世話する者とまちまちであるが、全員この再会の宴を心行くまで楽しんでいた。

そうしていい具合に全員にアルコールが入った所で、

「そう言えば衛宮様」

面白い事を思いついたと言わんばかりの表情で琥珀が士郎の元へ近寄る。

「??どうしました琥珀さん」

「むっ、駄目よ!コハク!シロウは私がお世話するんだから!」

そんな近寄る琥珀に威嚇するのはこの時間帯士郎の世話を行っているイリヤ。

尚、志貴も似たようなもので、今はさつきが世話をしている。

「あらあら〜大丈夫ですよ〜ちょーっとお聞きしたい事があるだけですので〜」

イリヤの威嚇も微笑ましいと笑って受け流す。

「はあ、それで聞きたい事と言いますと?」

「はい、衛宮様皆様とのご結婚をここでなされては如何かと思いまして〜」

その瞬間士郎を含めて士郎側の女性陣全員が動きを止めた。

「へっ?・・・結婚??」

「はい〜衛宮様も神霊となられて人であった頃のしがらみも消えました。アルトリア様を含めて皆様、衛宮様の従者です。それに神界で人間だった頃の法律や倫理が適用されるとは思えません。ですので衛宮様もここで身を固められてもよろしいかと思いまして〜」

そんな琥珀の言葉に次々と賛同の声を上げる志貴達。

「あっそれ賛成。士郎君、生前沢山苦労したんだし、ここで幸せになったって罰は当たらないと思うよ」

「その通りですわ。衛宮さんは幸せになるべき方なのですから」

「同感です。『蒼黒戦争』時も終戦後も士郎は人々の為に戦ったのです。ましてや、ここは神霊が安らぐ為の場所、でしたらその位の幸福を手にするのは当たり前の事です」

さつき、秋葉、シオンの声を皮切りに残りの面々も異口同音に賛同する。

「いや、皆の気持ちは嬉しいけど・・・そう言うのって双方の同意が必要だと・・・」

「え〜み〜や〜く〜ん」

そんな士郎の言葉を覆い被せる様に背後から凛が満面の笑みで近寄ってきた。

その声を聴いた瞬間、今凛が憤怒寸前だなと士郎は悟った。

「もしかして私達じゃあ不服?」

「いや、俺は不服なんてないけど・・・」

むしろ不服があるのは皆じゃあ、そう言おうとしたがそれを

「何あほな事言おうとしてるのよ。私達が何の為にここまで来たと思っているのよ」

凛が遮り

「全くですわシェロ、不服でしたらそもそも私はここにいませんわ。まあトオサカは別かも知れませんが」

ルヴィアはいつもの様に凛を引き合いにして、不服も何もないと伝える。

「私達の気持ちは『蒼黒戦争』の時に伝えた時のまま何も変わっていません」

桜が当然の様に告げる。

「私達がシロウの結婚に不服なんてある訳ないじゃない!これからシロウは私とここでラブラブになるんだから!」

イリヤはあの当時からさして変わらない体格で胸を張る。

「全く・・・お嬢様も何故あのようなものに今日まで・・・」

「じゃあなんでセラも従者になったの?」

「無論お嬢様のいる所へ従うのが従者の役目だからです!」

「やっぱりセラ素直じゃない」

その傍らでセラとリーゼリットが相も変わらない漫才を繰り広げる。

「まあ私は独身でも構いませんが、貴方の心の安定の為には私と言う存在は必要不可欠と思いますので」

カレンはさして表情を変えず

「シロウ、貴方は今まで不運だった分幸福にあるべきだと皆思っています」

「そうです!そしてシロウを幸福にするのは私達をおいて他にいません!」

メドゥーサ、アルトリアは力強く断言し。

「ご主人様、もうどっかに行かせるような真似はさせないわ」

最後を締めくくる様にレイは短いながらも決意の秘めた声で士郎に告げた。

「・・・」

そんな全員の言葉の中に秘めた想いを受け取ったのだろう。

士郎は何も言わずに一つ頷いた。

だが、そこへ志貴が重要な疑問を投げかけた。

「これで決まりだな。だけど・・・式とかはどうする?」

『あ』

それに対する返答は女性陣全員の間の抜けた一声だった。









翌日、一同はある場所に向かっていた。

初めて神界に来た志貴、士郎を案内してくた道の神霊の所へ。

案内の折、自分は神社で巫女兼宮司をしているので何か困った事が会ったら何時来ても構わないと告げられたのを志貴が覚えていたからだ。

神社があるならば神前式の結婚式でも良いかとも考えていたのだが、凛を筆頭にどうせならウェディングドレスで式を挙げたいと反対の声を上げ、既婚者からも賛同は得られなかった為、彼女に聞こうと言う事に話はまとまった。

しかし、聞きに行くのが女性だと知った瞬間、自分達も行くと強硬に主張、全員で向かう事になった。

最も、まだ見ぬ道の神霊に強い警戒心を抱いていたのは士郎側の女性陣のみであり、『九夫人』は少なくとも表立って不安も苛立ちも微塵も見せておらずどちらかと言えば神界の観光と言った趣が強い。

「いや、そんな警戒しなくても良いと思うんだが・・・」

「確かにな・・・彼女の姿を見たら、なあ」

実際に彼女の姿を見た志貴、士郎からしてみれば凛達の心配は杞憂に過ぎないのだが、見ていない以上聞き入れられる筈も無い。

実際に見て貰った方が早いかと言う事になったのだが、その前に神界の風景を見て全員が絶句した。

特にカレンに与えたショックは強かったようだ。

何処をどう見ても普通の都市の様な光景に思わずへたり込む。

「この世には・・・いえ神界にすら神はいないと言う事でしょうか?・・・仮にも神界と呼ばれている場所がこのような俗世そのものの様な光景とは・・・」

彼女にしては珍しく半ば虚ろな目でぶつぶつと呟く。

性格面はさておき、敬虔な信徒であるカレンには相当堪えた様だ。

「まあ、気持ちは判らなくはないけど、あくまでもここは『代理人』から神霊に至った人達が安らかに暮らすための場所だから」

苦笑してカレンを立たせる士郎。

「でもこれはショック受けるわよ」

イリヤのしみじみとした口調が衝撃の深さを物語る。

「ほんと、エレイシアは来なくて正解だったわね。下手したら卒倒するんじゃないかしら」

「うん多分」

その様が正確に想像できるのだろう、アルクェイドの軽口に志貴もやはり苦笑して頷く。

そうこうしている内に目的地に到着した。

「あら、七夜様に衛宮様」

境内で掃除をしていたのだろう道の神霊が志貴と士郎に気付き優雅に一礼する。

「どうも、ご無沙汰しております」

「お忙しい所すいません」

「いいえ、少々暇でしたので掃除をしていただけです。お気遣いなく」

そんな世間話をよそに後ろの女性陣はぽかんと言葉を失って道の神霊を見やる。

確かに美しいが外見上の美しさだけならば際立って突出していると言う訳ではない。

いや、外見上だけで言うならばむしろアルクェイドやアルトリアの方が際立っている。

だが、それでも一同の言葉を失わせたのは内面からにじみ出る神々しさ。

それが彼女の温和な空気と相まっている。

「確かに志貴の言うとおりでしたね。彼女に不埒な事を行うなど不遜な事を行える筈もありません。そのような思考すら汚らわしいと思ってしまいます」

シオンの言葉に全員が頷く。

「それで本日はどうなさいましたか?」

「はい、実は・・・」

そう前置きして士郎が要件を伝える。

「まあ左様ですか。それはおめでとうございます衛宮様」

「ありがとうございます」

純粋な祝福を送る道の神霊に士郎も笑顔で感謝の意を伝える。

「それでここで式を挙げたいと言う事でしょうか?それでしたら問題もございませんし直ぐにでも執り行えますが」

「いえ、それも良いのですが、どうせでしたらウェディングドレスでの式を行いたいなと思いまして、ここに教会があればと思ったのですが心当たりは」

「左様ですか・・・そうですわね」

特に気に障る素振りも見せず小首を傾げる。

「ああ、そう言えば最近新しく教会が出来ていましたわね。ここからだと反対側ですので見えないのですが、少しお待ちを地図を持ってきますわ」

そう言って神社内に入る。

暫くして地図を手に戻って来た。

「どうぞ、黒で丸を付けたのが当神社、赤で丸を付けた所が教会です。ここで神父をしているのは私の後進に当たる道の神霊ですので私の紹介だと申せば快く協力してくれる筈です」

「すいません何から何まで」

「お気になさらず。このような道案内から己が生き方に迷われる方を誘い導くのが道の神霊が担いし役割です」

「ありがとうございます」









地図を片手にその教会に向かう一行。

歩き始めて二十分ほどで目的の教会の屋根らしきものが見え始める。

だが、それを見た瞬間士郎達の表情が変わる。

「??士郎どうした?」

「いや・・・なあ凛・・・あれって」

「言わなくても判っているわよ。あれどっかで見たような・・・と言うかあれって・・・」

凛の表情が見る見るうちに険しくなる。

「でも姉さん、教会なんてどれも似たり寄ったりの形だと思うのですが・・・」

「でも色合いまで酷似しているなんて、そうはないんじゃない?」

桜の言葉にイリヤが疑問で返す。

見ればイリヤ達も皆互いに近くの相手とひそひそ話をしている。

「ここで議論していても仕方ありません、行ってみましょうリン、シロウ。行けばわかる筈です」

アルトリアの鶴の一声で一先ずは教会に向かう事にした。

そして五分後、その教会に着いたのだが・・・

『・・・・・・』

それを見た瞬間、士郎達は今度こそ言葉を失った。

だが、それも無理らしからぬ事だった。

士郎達の目の前に建つ教会、それは・・・

「何と言う事でしょう。紛れもなく冬木教会です」

カレンが断言したように冬木に建っていた教会だった。

「なあ、それって・・・」

「あほ言わないでよ。あれが神霊になったなんて馬鹿げた事があってたまるもんですか」

「すこぶる同意です。あのようなくず神父が神霊になったとあっては神の神経をも疑います。と言うかそんな神など悪神に違いありません。躊躇いなく絶縁状を突きつけてやります」

士郎が口にしかけた予測に凛とカレンが真っ向から反発する。

「確かに・・・俺もまさかと思いたいけど・・・」

だが、どうも嫌な予感だけが膨れ上がる。

そう思うと教会の入り口の筈が、人外魔境の入り口に見えてきた。

「・・・入るか?」

「・・・入るか・・・」

志貴の問い掛けにしばしの沈黙の後士郎は決断するように一言呟き、教会の扉を開く。

重々しい音と共に扉は開かれ一行は教会に入る。

中は予想通りと言うべきかきっちりと清掃され微塵の埃も見当たらない。

「おや、これは珍しい。当教会に来客とは」

そう言って奥から姿を現す比較的大柄な神父。

「!!」

その姿を見た瞬間、士郎は驚きの中にもやっぱりかと言わんばかりの悟った表情を浮かべ、凛は苦虫をまとめて十ダースは噛み砕いたような表情を作り、カレンは絶望したと言わんばかりに天に祈りを捧げる。

他の面々も志貴や『九夫人』以外は苦い表情や驚愕の表情を作る。

それも当然、姿を現した神父の正体。

それは士郎達にとってはあまりにも縁深い相手、言峰綺礼だったのだから。

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